こばやしゆきひさのブログ

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こばやしゆきひさ

 

どうもはじめまして

釣りのプロとして日本各地で開催される大会に参加しながら、それ以外の時間は物販会社の経営をやっています。

 

箇条書きで自己紹介いたしますと、

・高校を卒業して地元の原料メーカーへ就職する普通の人生

・何か突き抜けた才能が欲しくて魚釣りに明け暮れる会社員生活

・10代でバス釣り大会に魅せられ、20歳で初めて賞金を獲得

・21歳で世界一のバスプロを目指して単身渡米

・一度アメリカ挑戦を断念して改めてバスプロとして日本一を目指す

・国内最高峰のTOP50シリーズに25歳から所属

・成績が全く振るわず26歳の時に8年間働いた会社を辞める

・未経験ながらインターネットを活用したビジネスで起業

・スマホとPC1台で毎日20時間稼働し起業1ヶ月目に80万の利益を出す

・時間や場所を選ばず好きな時に好きなだけ働いて自由に釣りに行ける環境を作る

・7ヶ月目に単月1200万を売り上げて200万の利益を出す

・起業して10ヶ月で1200万以上の利益を生み出して株式会社を設立

・スタッフ2名を雇用しインターネット物販の会社を経営しながらバスプロを両立

 

 

ざっくり言えばこんな感じです。

釣り競技のプロの世界に身を置いてる人間としてはかなり珍しいタイプだと思います。

しかし、時間や場所を限定される魚釣りと

時間も場所も選ばないインターネットビジネスの相性は素晴らしく良いです。

魚釣りに関わらず、時間やお金を少しでも増やしたいという人で、

インターネットビジネスをやっていない人は非常にもったいないと感じています。

 

今では私の周りに年収億単位で稼いでいる人たちが普通に現れるようになり、

自分のプライドは崩壊して様々なことを素直に受け取れるようになりました。

学ぶことで世界が広がって価値観の合う仲間もたくさん増えました。

自分を高めることが面白いし今ではダラダラしてる時間がもったいないと感じています。

 

今このプロフィールをご覧の皆様にとっては信じられないと思う世界が多いかもしれません。

私も信じられない世界だとサラリーマン時代は思っていました。

しかしこれが今の私にとって今は当たり前の世界です。

 

私は昔からインターネットが身近であったり、

ビジネスに詳しかったとかは全くなくて、

お金を払って勉強し続けたことで今の環境を手に入れました。

 

特に26歳で起業するまでは魚釣りに経費が掛かり過ぎてお金は全く持っていませんでした。

釣り以外にお金を使うことは悪だとも考えていました。

交通費が払えなくて下道で10時間以上車を運転したり

遠征先では宿代が払えず炎天下や氷点下の中でもずっと車で寝泊りしたりしていました。

大雨のあとの車中泊は服も道具もびしょ濡れで最悪でしたね。

食事を抜くのも当たり前で、熱中症で倒れかけたことは何度もあります。

しかしどんなに節約しても収入が増えない以上、

一生魚釣りに最適な環境を作ることは出来ませんでした。

これは仮に魚釣りをやめたとしても同じことです。

新しい何かを始めたり、家族や友達と過ごしても

時間やお金は小さな制限の中で楽しまなくてはなりません。

そんなジリ貧の状態から起業して

今は毎日短時間の労働で一定の収入が入る状態になっています。

そんな背景をなんとなく認識していただいて

ブログを楽しんでいただけたら幸いです。

 

 

 

内容をもう少し踏み込んで書いてみた

 

9歳ではじめて父親と海釣りに行き、12歳で友達と一緒にバス釣りを始める。

中学時代はサッカー部、高校時代はソフトテニス部に所属していたが休みの日は全てバス釣りに行っていた。

高校時代にソフトテニスを選んだ理由はルアーのキャスティングが上手くなりそうだったから。

高校卒業後に地元の原料メーカーにするも職場に馴染めず、バスプロとなって退職するためにバス釣りに明け暮れる。

社会人1年目はひたすら陸釣りをしながら貯金し、2年目にボートを買ってアマチュア大会(NBCチャプター)にフル出場するも全く成績は振るわなかった。

幸いプロ面接と資格試験には合格したためJBプロに昇格し、翌年よりJBローカルシリーズのJB九州に挑戦。

2年間の圧倒的な釣行回数で確立した自分らしさを武器に社会人3年目の開幕戦は準優勝。

それからも練習をしまくってプロ1年目は年間4位で終えた。

しかし日本の平均的なバスプロの経済状況を知って1年で引退。

再び貯金をはじめ長期休暇を利用して21歳で本場アメリカに単身渡米するも、資金や言葉の壁が想像以上に高いことを知って断念した。

翌年は再びJBプロに所属して四国シリーズに挑戦し年間成績は7位。

そのまま東日本開催のマスターズシリーズに昇格してストレートで日本最高峰のTOP50昇格権を獲得した。

1年でのTOP50昇格は想定していなかったため会社員との両立や資金面でTOP50昇格は辞退。

四国挑戦にあたり渡米に向けて貯金したお金でボートを買い替えた。

この頃から資金調達のためにボートや機材を安く購入する方法を調べたり自力で直す技術を修練し、ボートやボート用品、釣具の転売を始める。

マスターズ2年目は年間成績9位で再度TOP50昇格権を獲得。

年末に翌年末で退職することを条件に有給休暇を自由に全て利用する許可をもらった。

TOP50シリーズでは副業であったものの人一倍開催地で練習し続けたが全く通用しなかった。

翌年から無職になることへの精神的プレッシャーからシーズン後半はさらに成績が落ちた。

奇しくも全否定し続けていた会社員という立場がこれまでの成績、特にメンタル面を支えていたことに気づく。

シーズン終了後はインターネットビジネスを勉強し、副業でアフィリエイトやプログラミングに取り掛かるもどちらも収益化に至らず挫折した。

独学での収益化は難しいと判断しインターネットビジネスのメルマガを片っ端から登録し、せどりで起業して年収数億円を稼いでいる経営者に出会う。

その後ボート以外の釣具を売りまくって6ヶ月60万のせどり塾に入会。

12月よりせどりビジネスにひたすら打ち込んだ。

副業だった1ヶ月目は月商30万の赤字スタートだったが翌月から専業となって月収80万、2月は月収120万を稼いだ。

最初の3ヶ月くらいは毎日20時間くらい働いた。

3月は少し休んでTOP50開幕戦の長期練習に入るもののコロナウイルスの影響で延期。

4月は再びせどりビジネスに集中して月商630万/月収140万と最高益を更新したが店舗せどりに限界を感じる。

その後電脳せどりに移行して7月に月商1200万/月収200万まで伸ばした。

しかし働き続けることで稼げる収入には伸び代が少ないと考えてスタッフを2人雇用。

現在はプラットフォームに依存したせどりビジネスから、自社ブランド自社EC販売に移行すべく日々奮闘中。

2020年11月に株式会社を設立。

 

 

 

 

 

 

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