昨日はボート作業でバタバタしていて遅くなったので、睡眠優先でブログはお休みしました。

ブログを書くと頭が働いて眠れなくなるのが非常に厄介です。

ブログを書くためだけに朝起きるというのも今のところ選択肢にないので、出来る範囲で無理なく続けていきます。

本来なら今日から弥栄ダムでのプリプラクティス予定でしたが、休み明けの発送を少しでも減らしたいとスタッフが来ていたのと単に天候が悪かったので仕事日にしました。

昨日から5月になりましたが、先月の売上は3月より少し下がって1200万強に落ち着きそうです。

利益率はまだわかりませんが16~18%くらいでしょうか?

先月から社員の給与が1名分減るので20万くらい利益が増えるようになります。

一人社員が減ったのに売上も利益も増えてさらに販管費も減っているので、半年間何をやっていたのかとついつい思ってしまいます。

とはいえ、ここに関しては何度か失敗しないと先に進めないので必要経費に間違いはなさそうです。

今は繰り返さないような仕組みをしっかり作り上げているので、少なくとも同じ原因での失敗は起きないように進歩しています。

良いのか悪いのか人材のアタリハズレというのは必ず存在するのですが、腕のある経営者はハズレを引きにくくする仕組みとハズレによる損失を抑える仕組みをしっかりと考えています。

今回の件で給与だけでも140万くらいの損失を出していますが、これが安いか高いかはこれからの仕組みづくりがもたらす結果にかかっていると言えます。

今後の経営人生において似たようなパターンの再発を防止することが出来れば、140万という授業料はかなり安いと言えます。

ちなみに今一番しっくり来ている半年前の私が犯していた一番の勘違いが、「教育で人は変われる」と考えていたことです。

どんな人間でも細分化した情報を関係性(例えば時系列)ごとに並べてゆっくり丁寧に教えていけばいずれは全体像を理解したり応用出来るようになると考えていたのですが、これがもう全くの勘違いでした。

みんなが自分と同じではないのは百も承知ですが、人間である以上ベースは同じはずなのでどこかに必ず分岐点があるはずです。

その分岐点の一か所を今回は見つけました。

今回見つけた分岐点こそが「情報に対する価値観」です。

この「情報に対する価値観」が違うと、基本的に情報と接するときの目的が全く異なるんですよね。

全体像を理解できる人というのは情報を多く収集するために因数分解して圧縮した結果として全体像を理解していたり、情報収集を効率化するために因数分解した情報を応用しているだけであって、多くの人は感情を消化するために情報と向き合っているので全体像を理解することはない。ということです。

この考えに行きついた過程と一緒にさらに具体的に深掘ってみます。

 

まずはじめに考えたのは、世間一般でいう頭が良い人とはいったい何なのか?が入り口だったと思います。

これについてはこれまでも散々考えてきたテーマではあるのですが、それはあくまでも明らかに自分より頭が良いと思われる人と自分について比較して考えた結果から導き出したものでした。

今回はその逆です。

まず第一に感じたのは情報量の差です。

同じ出来事に遭遇したとして、そこから得られている情報量にまず大きく差があって、さらにその情報の活用方法にも大きく差があるように感じました。

例えば新しいテレビコマーシャルを見たとして、前者が単純になんか新しいCMだっ!と感情的に反応するのに対し、後者はそのCMはどんなが会社が何を売るためにどんな番組の広告枠を買ってどのように消費者に届けているのか?利益に対して広告費はどれくらい??と、具体的に考えてみるくらいの差があります。

この場合におそらく両者が互いの感覚を理解し合うことっておそらくないと思うのですが、これって感情消化優先か情報収集優先かということなので、もう赤が好きか青が好きかの生まれつきの価値観レベルの次元の話なんですよね。

前者の方は情報と向き合って感情を消化しているのに対し、後者の方は情報をある程度の型にはめて取り込もうと向き合っています。

後者がなぜ型にはめて取り込もうとしているのか?を考えてみると、おそらく情報を因数分解してコンパクトに圧縮した方がたくさん脳に情報が入るからだと推測できます。

ですので、後者はより多くの情報を収集すること大事にする価値観をもっているただのデータマニアと言えます。

この情報収集優先派データマニアベクトルこそが、世間一般でいう頭が良い人と同じベクトルなのではないか?と考えています。

そしてその逆が、感情消化を優先しているタイプです。

情報や事実関係よりも感情の消化を優先していきているので基本的に情報の蓄積はし難いと言えます。

むしろ感情が動くような刺激的な情報を求め、先ほどのデータマニアと違ってより多くの感情を消化することを最優先に人生を設計しています。

因数分解という変換工程そのものは思考時間や事前情報(経験)が必要になるので、より多くの感情を消化するには因数分解は非効率です。

そのため感情消化優先派は面倒という感情でその工程を排除してしまいます。

よって情報を蓄積することには関しては非効率な価値観ですが、情報収集優先派のデータマニアより多くの感情を消化することが可能になります。

また、自分がイメージしやすい情報ほど感情を多く注ぎ込める(感情移入しやすい)というところから、感情消化優先派は基本的により具体性の高い情報を好むようになります。

抽象的な情報に関しては一度具体的な情報に変換する必要があるので、変換コストの必要性から抽象的な情報をあまり好まないというか受け付けない傾向があります。

またやむを得ず変換する場合においても基本的には感情消化が優先であるため、関係性の整理が必要な事実関係よりも、面倒というマイナスの感情を発生させることなく手早く自分が置き換えやすい情報へと変換する特徴があります。

このため情報収集に価値観をおいている人から見ると、感情消化優先派はいつも自分にとって都合の良いようにだけ考えているように見えるし、結果的に「自分にだけ甘い人」という評価を下すと思います。

以上、教育で人は変わらないと思った理由でした。

若干着地がズレてしまいましたが今日はこのあたりで。